SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

08
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

Cocorone

Cocorone(ココロネ)は 鎌倉にあるミラクルサロン'ano'ano のオーナー LiLiのブログです
未来がつまってる☆
0
    今日は梅雨とは思えないほど
    さわやかな一日でしたね!

    午前中にひとり、LomiLomiのお客様をお迎えし、
    とっても気持ちのよい時間を過ごしたあと

    「そろそろパスポート更新しに行かないと〜」

    と、ふと思い立ってパスポート見たら、

    !!!!!!!!!!!!

    期限 2007年7月8日

    !!!!!!!!!!!!


    うぎゃー!
    今日行かないと間に合わない!!
    (しかも気が付いたのが四時半。旅券課は5時まで!)


    都庁へバイクを飛ばしてギリギリセーフ!

    事なきを得て、都庁をでて
    西新宿のビル街に柔らかに夕日があたるのをながめつつ
    小さな広場にこしを下ろして 行き交う人たちを眺めていました。

    ついつい顔がほころぶ 小さな子供の歩く姿。
    そのあとを追うお母さんたち、ご苦労様。

    いいなあ。
    まっさらな未来がつまっている。
    これから思い思いに筆をとり、
    その白いキャンバスに何を描いてもいい。

    きもちよく、のびのびと、
    自分の色を見つけて
    喜びと共に描き続けてゆけますように。

    そんなことを思いながら。

    9月にハワイに再び訪れます

    今回は、妊婦さんへのLomiLomiを学びに行きます。

    だいぶ昔、
    鍼灸師か助産婦さんになりたかったときがありました。
    音楽も始める前のこと。

    大学は普通の文系の4大に通っていた私は
    そこを辞めて医療系学位を取りにゆくほどの財力も無く
    実家の両親には当然理解されずに断念。

    だけどいつかは、心と体を扱う仕事につくだろう
    という思いを胸に、あれこれと回り道。

    そして、LomiLomiを始めてから
    妊婦さんやお母さんにLomiLomiをしたい
    と、切に思い始めました。

    私の周りにも子供を持ち始めた友人たちがたくさんいて、
    子育ての喜びと共に大変さも、たくさんたくさんあるのだと
    その心身の葛藤は、理屈ではないのだと
    教えてもらう機会が増えました。

    心もカラダも、健全であること
    ときにはメンテナンスをしてあげなければ
    ヨイショ!と乗り越えられないこともあるのだということ

    辛い時には、なんだっていい。
    理屈じゃなく愛情がこもったケアが必要なのだということ
    そこに寄り添える人になりたいと。

    お母さんのケアは子供のケアにもつながります。
    気持ちのよい未来は、みんなで創ってゆくものですもの。

    9月の出会いが
    待ち遠しいです。

    | つれづれ日記 | 18:56 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    感じるココロ=想像力=愛☆
    0
      ふと思ったのでした。


      愛には想像力が不可欠


      そして、豊かな想像力を機能させるためには
      感じるココロが閉じていては難しい


      でも、時々気がつく。

      忙しすぎたり、めんどくさがったり、
      毎日やっていることが惰性になっていたり
      人間関係で傷つかないように、自分が壊れないように
      知らないうちに自分の感性にシャッターを下ろしていたり


      そういう時は
      色んなことが深まらない



      すごく素敵な人に出逢ったり
      感動するような作品や仕事を見たりするとき
      ハッとさせられる。

      それを生み出した人の
      その眼差しの深さに。


      やっぱり、仕事でもなんでも、
      本当に深い愛情がこもっているものには感動がある。
      そしてそうした眼差しの深さの違いは
      如実に現れる



      そういう感動の瞬間に出会った時、
      色々と反省する。

      『自分はまだまだだな』って。
      『これでいい なんて思ったらいけないなー』って。

      いっぽいっぽ、ですけど。


      そんなふうに思わせてくれる人や仕事や出来事に出会うと
      刺激を受けて、
      自分の立ち位置が明確になって、
      また新しい一歩を踏み出せる。


      愛には終わりがないから。


      たくさんの出会いに、日々感謝です















      | つれづれ日記 | 01:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      不思議が不思議でなくなる日
      0
        こんばんは。

        ミラクル週間真っ只中のゆりです☆

        よくよく考えると、
        2005年にハワイに行くことになってから
        それまでの自分では考えられないくらいダイナミックな流れの中で、
        想像をはるかに超えるギフトを頂きっぱなしの毎日です。

        これまで自分が生きてきた価値観にもとづく『常識』では
        とうてい起こらないかったような絶妙なことが
        度々起こるのを体験すると、

        いままでの自分はなんだったのでしょう?』

        と思わずにはいられません。


        でも、きっとその“ちからわざで攻めていた日々も
        色々と学ぶための準備期間だったに違いないと
        いまは感謝をこめて思うのです。


        どうやら新しい流れが自分の中には既に生まれていて
        その流れというのは、いままでのように

        ■いま自分がすべきことは何かを頭で一生懸命リサーチして
        ■自分の執着に気付かないまま 何かに必死でこだわったりして
        ■これこそは!という目標を決めて
        ■それに向かってがむしゃらに努力して
        ■うまくいったり行かなかったり 自分や他人の評価に一喜一憂して
        それでも いま・ここ・この瞬間にいる自分にOKが出せなかったりして
        という、理性と思考に重点を置いた生き方とは違って


        □不思議だけど、自分で何とかしなくちゃ!と
         もがいていた時よりもはるかに完璧な形で
        □しかも、驚くべきタイミングで
        □必要なものが、自分が想像していたプロセスをまったく踏まずに
         
        不安に陥る暇がないくらいダイナミックに


        降ってくるんですね


        きっと、こんなふうな一見“特別”でエキサイティングで
        魔法のようなプロセスも

        本当は誰もが体験していける“スイッチ”が
        あると思うのです



        人は誰も、
        様々な形で傷ついたり、受け入れられようと努力したり
        愛がほしかったり、“安らぎ”や“幸せ”を探したりしてくる中で

        自分を守るためのバリアーやこだわりを
        知らず知らずのうちにたくさん身につけてきていて

        本当に『安心』して
        ココロのままに
        信頼しきって
        ゆだねて
        手放して
        楽しんで
        自分の本当の喜びに従って様々なことを選択していく自由な心に
        鍵をかけてしまってきたのかも知れません。


        そんな夢見たいな状況(サイクル)なんて
        想像もできないよ!

        と、肩を落としている人がいたとしたら

        私もまだまだ『体験学習中』の身ではあるけれど

        その不思議の旅を
        ご一緒に歩んでゆけたら素敵だなと


        思う今日この頃なのです。



        | つれづれ日記 | 01:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        たぶんまだまだ流れてゆく。
        0
          本格的にサロンを開いてから
          一月半ほどが経ちました。

          毎日毎日
          新しい出会いや発見の日々。

          ミクシイやブログにも書ききれないくらいの
          様々なことや思いが怒涛のように流れている。

          そんな私の日記を見てくださっている方々から、

          最近、絶好調みたいですね

          と、よくコメントを頂く。

          だから、
          ちょっぴりへこんでいることや
          気にかかっていることなんかを友人に話したりすると

          『そうなんだー、そんなふうにも思っていたんだね』

          と、驚かれることも多い 今日この頃。


          “日々の出会い”や“発見”の中には、
          反省や、もどかしさも含まれていたりする
          わけで

          本当はもうちょっとゆっくり
          ひとつひとつの出来事から感じたことや
          考えたことを味わっていきたいけど
          どんどんどんどんものごとが次へと流れてゆくので
          ものすごく感動したことや、心に留めておきたいことがあっても
          あっという間に記憶のかなたへと消えてゆくのが
          ちょっともったいない気もしたり

          実は早く手をつけないといけないことが
          手付かずになっていて気に病んでいたり。

          気付かないところで気負いや不安もある

          でも、以前と確実に違うのは
          そういうローな気分におそわれても
          自分を“全否定”はしなくなったことかな

          「ちゃんとできてること」と「できていないこと」の評価を
          へんにぐちゃまぜにしなくなったことは大きい。


          そして、“必ず喜びのある風景に行き着ける”
          と、きちんと信じていられること。

          新しい季節がまた巡り来て、
          その季節にしか味わえない喜びや感動が
          きっと待っているに違いない



          それを信じている


          一生懸命になっていると
          予定を詰め込みすぎたり、
          予定通りにことが運ばなかったりする現実に直面した時
          ついついイライラしたり不安になったり、
          自分にダメだししたりしやすいけれど

          ほんとうは
          ものごとが変化してゆくには
          それなりの“とき(時間)の作用”が不可欠で


          昔の人は
          種をまいたら、芽が出て、10センチの丈に成長して
          花をつけ、実がなり、色づいて、収穫のときを迎えるまで
          辛抱強く待ったものだけど

          技術が進んだり、欲望がかさを増して
          夜でも太陽光に似た光を当て続け
          薬をまき
          遺伝子まで操作して
          不可能を可能にしてきたことで

          生き物としての本来のペースを
          価値の低いものに思わせるような社会を
          作り上げてしまった不幸もある。

          何億年も前から
          地球は太陽の周りを365日で一周するという仕組みは変わらないのに。

          赤ちゃんはトツキトオカでこの世に出てくるという仕組みは変わらないのに。


          どの流れに身を任せるか

          人の知恵と努力が作り上げた
          『完璧』な価値観と仕組み
          に?

          それとも
          月の満ち欠けや、それに伴う潮の道引きのように
          すべてがつながりあってダイナミックに繰り返されてゆく
          宇宙の仕組みに?


          私のちっぽけな頭では
          わかりきれないことだらけだけれど

          『ゆだねてみよう』と、腹をくくってみた

          ただそれだけのことが
          やっと、
          やっといま始まっただけのことなのです



          | つれづれ日記 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          ふしぎの旅がまた始まる?
          0
            先日面白いことが立て続けに起こりました。

            ’ano’anoのお客様から御紹介頂いた
            石垣島出身の、とあるチャネラーの方
            (こういう言い方が正しいのかどうかわかりませんが)
            のお宅に遊びに行った日
            たくさんの興味深いメッセージと共に

            あなたね、月の光を意識的に浴びるといいわ☆』
            というようなアドバイスを頂きました。

            『そういえば、月の満ち欠けが書いてあるカレンダーとか、
            ダイアリーみたいなものがあったなあ』
            と、思い出した私は
            『帰ったらそういうものを探しに行ってみよう☆』と思いつつ帰宅。

            その日の夜、パソコンを開くと
            ミクシイに知らない方からメッセージが届いていました


            『突然ですが』

            というタイトルの中身はなんと、
            コズミックダイアリー(月の満ち欠けの周期をもとに時を知るカレンダー)の
            創刊から10周年のプレリリースパーティへのお誘い
            しかも、プレスやヒーリングサロン経営者の方々を対象とした
            そのプレリリースパーティへ参加すると
            新しく発売されるこのダイアリーを頂けるとのこと!

            う、うわぁ?どうしてこんなものが私のところへ?

            と驚きながらお返事を書く。

            『すみません、その日は大事な用事が既に入っていて、
            とても残念なのですが出席できそうにないのです』

            そうすると、

            『わかりました。でもとにかく参加申し込み書をお送りしますので
            主催者の方に送って下さい。当日は私の方から欠席になったことを
            お伝えしておくので、あとは資料とダイアリー一式をお送りいたします

            と、ありえないほど御丁寧なお返事を頂く。

            『うれしい!でも なぜ!!??』

            と思いつつ、程なくコズミックダイアリーとマヤの知恵について
            書かれた本など一式がおうちへ到着。

            忙しい合間に、少しずつ少しずつ
            その本を読み進めるにつれて、
            またなにやら新しい旅が始まる予感が
            自分の中に生まれ始めたのを感じています



            この数年、
            不思議なシンクロや出会い
            驚くようなものごとの展開
            たくさんの学びと 自分の内側の感覚の変化
            次々に体験させて頂いてきて

            あまりにエキサイティングなひとつひとつの経験を
            単に“ミラクル”=“普通じゃなかなかありえないこと”と
            面白がってきていたけれど、
            もしかするとその仕組みのようなもの
            これからまた ひとつひとつひも解かれていって

            新しい感覚に出会いなおす旅が
            また始まろうとしているような予感がするのです



            不思議なことってなんだろう
            あたりまえ ってなんだろう
            宇宙の仕組みや流れって どうなっているんだろう
            成功って?失敗って
            出会いってどういう仕組みで生まれるの
            偶然と必然の関係は

            今考えていること、価値観
            そして自分の得手不得手などについて

            いままで生きて、見て、感じてきた世界観が
            また少し軌道修正されて、
            近年少しずつ つかみかけてきた
            宇宙的存在とのつながり
            そして、自分自身とつながりなおすことの秘めた力
            教えていただく旅が またひとつ
            始まった気がします。
            | つれづれ日記 | 00:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            『気』は本当に目に見えないものなのかな?
            0
              以前からお部屋探しをするときに
              一番に大事にしてきたことは

              よい気が流れていること


              でも、“よい気”と言っても、
              それは私にとっては
              きれいな色が見えるわけでも
              おいしそうな匂いがするわけでも
              妖精さんが 不思議な粉を撒いてるのが見えるわけでもないので

              ただ、シンプルに気持ちがよいかそうでないか

              それに尽きるものでした。

              でも、いい気が流れている場所とそうでない場所は
              確実にあるな、と何十件も物件を覗きに行くたびに
              思ったものでした。

              そして本当に気持ちの良い物件にめぐり合い、
              新しい生活を始めてからも
              部屋を片付けるとか散らかすとか
              そういう見た目の状態だけでなく、
              気の流れに気を配るようにして空間を整えたいものだ

              思っていました。

              そんなある日、読んだ本にこんな一節がありました。


              日本文化の話をするときに、
              お茶を飲むときの作法、両手の掌でお茶碗を包んで見せます。
              「気」のこもる形です。
              そして、「いただきます」という言霊をかけて、
              自分の心と身体のすべての細胞に準備させます。

              お茶は、「気」と呼ばれる人の微妙なエネルギーによって味さえ変え、
              言霊によって準備した細胞が受け入れる体制を整えるのと一緒になって
              お茶はさらに体にいいものとなります。

              目に見えない「気」が循環し、その気の流れが空間さえ生み出します。

              テーマを持って、一期一会の席に
              掛け軸を描け、花を生けた瞬間から
              主人の「気」が茶室に満ち溢れ
              その「気」を感じ、客は応えます。


              その「気」の流れが見えなくなったときに
              作法は廃れます。



              最後の一節に、ハッとさせられました。


              先週まで、ほぼ休みの日がないくらい
              連日お客様が来てくださっていたので

              毎日床に雑巾をかけ
              生けているお花が元気に水を吸っているか、気を配って
              お香を焚いてお部屋を清めて

              お客様の入らない台所や納戸に至るまで
              自分自身が気持ちよく過ごせるように整えていたのですが

              久しぶりのオフの日、
              たまっていた疲れも手伝って
              布団も敷いたまま
              台所もまあ、そこそこに洗い物が出ていて
              ちょっとゆるんでいたところに
              夜、友人が遊びに来ました。

              かなり頻繁に遊びに来てくれるその友人が
              後日電話で話していたときに
              こんなことを話してくれました。

              『あの日、玄関入った瞬間にね、
              「あれ?ちょっとおうちがくたびれたかな?」って感じがしたの。
              いつも来ていたからわかったんだけど、
              引越ししてから初めてそんなふうに思ったんだよね』


              その言葉、なんだかとっても納得なのでした。

              そんなに見た目的に散らかってるとか
              そういうわけじゃなくても
              気がゆるんでいると 明らかに何かが違うんだなと


              この時改めて『大事だな』と感じたのは
              自分のキャパシティーを知ること

              もし、仕事なんかでもキャパ以上に手を広げ過ぎてしまったら
              きっと、目の行き届かない部分が必ず相手に伝わってしまうんだと思う。
              逆に言えば、自分自身がとてもバランスが取れているなかで
              丁寧に心をこめて作り上げられた時間や空間は
              本当に気持ちよいあと味を残す。


              ただ楽をすればいいというわけではなく
              足しすぎず引き過ぎず
              というか、

              ちょうどよいバランスのあるところには
              絶妙な『気』が宿るんじゃないかな



              | つれづれ日記 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              新年の抱負
              0
                こんな真夏のまっさかりに

                新年の抱負

                そう。
                どうやら、マヤ暦カレンダーによると
                7月26日が新年のようなのです

                ※マヤ暦を基にした コズミックダイアリーのHPはこちら
                →http://www.async.ne.jp/cosmic/j/index.html

                というわけで
                さしずめ今日は大晦日

                いつもよりゆっくりお風呂に入って
                ソルトマッサージなんかもして
                足裏もすべすべにして
                新年を気持ちよく迎える準備をしてみたり。


                まだまだマヤ暦初心者ですが
                自分の奥深くに眠っている
                新しいリズムが
                早くも動き出す予感がしています。


                というわけで、新年の抱負☆を

                思いつくままに
                感覚的に
                ずらりずらりと あげてみようかと。

                ビジョンは大事です。
                理屈はいりません
                わくわくすることを、感覚にまかせて

                みなさんも御一緒に


                ■新年へのイメトレ■

                信頼
                サポートはあふれている
                感覚を研ぎ澄ます
                答えはここにある
                安心感と喜びと共に
                月を感じ 宇宙を感じ
                しなやかに 軽々と 目的地にたどり着く
                心のままに
                作品を作る
                Kenさんの自伝の翻訳を仕上げる
                コズミックダイアリーを学ぶ
                踊る
                目に見えないものに気を配る
                空間に気をこめてみる
                丁寧に
                水をやる
                瞑想する
                街に出かける
                手を動かす
                音を掘り下げる
                Napaliコースト(カウアイ島)に探検に行く
                静けさを取り戻す
                自然の息づかいを感じる
                食や生活のリズムに宇宙とのつながりを感じとる
                つめこまない 慌てない
                楽しむ
                煮詰まらない
                希望がふくらむ
                わくわくする
                引き寄せる
                とけあう
                響きあう
                深く深く掘り下げる
                みつめる
                どこまでも
                始める
                輝く
                白く やわらかく
                イメージする
                深まる
                音が隅々までしみこむ
                触れ合う
                流れる
                新しい世界
                垣根なく
                自由な心
                制限を取り払う
                深い呼吸
                開いてゆく
                荷を降ろす
                新しい音が生まれる
                体感する
                変化する
                Aderyn a Derwenを完成させる
                (私のオリジナルジュエリーブランド)
                | つれづれ日記 | 01:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                リアル恋
                0
                  恋心はいいもんですね

                  いつもとおんなじ自分なのに、
                  なにかこう、強さというか、勇気というか
                  ぐっと深まる感じがたまりません。


                  挑発的なタイトルをつけてしまいましたが☆


                  夏は恋の季節ですから


                  最近の私のそれは
                  老若男女を問わず訪れます。(あぶね!)


                  大好きな友人たち
                  'ano'anoを訪れてくださるお客様(大半が女性ですが)

                  こうした方々の 
                  深い部分にある歴史を重ねた魅力に触れるとき

                  この人のために 私にできることがあるなら 全力を尽くしたい
                  この人のこれからを、ずっと傍で見ていたい
                  またこの人に会いたい


                  そんな思いが高まります。

                  これって、リアルに恋心でわありませんか


                  人は大小さまざまなエゴを 
                  自分の中に飼っています。

                  だから、“愛したい”は“愛されたい”の
                  裏返しだったりすることも よくあるものです。

                  恋も愛も、案外自分の欲求を満たすためのものに
                  終始してしまう場合が多々あるものです。

                  それが悪いわけではないけれど、
                  そういう場合、
                  自分では意識していなくても
                  どこかで相手をコントロールしようとする力が
                  働いてしまうことがあります。

                  そしてそれは、
                  気付かないうちに
                  自分自身をもコントロールして
                  何だかわからないのに窮屈になってしまったり。

                  だけど、近頃の私の恋心は
                  とっても清々しい


                  清々しくて
                  切なくて

                  わけもなく
                  私も頑張ろう! 

                  と、力がわいてくるのです。

                  これって、リアルな恋心でわありませんか


                  たくさんの人たちの中に
                  磨きこまれた さまざまな色の
                  輝きを見るとき

                  恋に落ちずにいられません。



















                  | つれづれ日記 | 20:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ちいさな夏休み
                  0
                    旧友と、伊勢原市の七沢温泉郷へ

                    都内からそんなに遠くないのに
                    心おどるような ホンモノの夏休みの風景に出逢った

                    いくつもある温泉宿の
                    いちばん奥にある 
                    ひなびた気持ちよさの漂う一軒に 立ち寄り湯。

                    ひとりの地元のおばちゃまと 露天風呂で出会って
                    顔だけでなく 全身つやつや加減に感動☆

                    セミの声が降り注ぐ
                    ちいさな露天風呂で
                    昼下がりの木漏れ日を キラキラと浴びながら
                    気持ちのよい時間を過ごす


                    数ある七沢温泉の中でも、
                    そこが一番泉質がいいのよ♪と
                    こっそり教えてくれる。

                    すべすべのお湯は、飲んでもいいらしく
                    帰りにペットボトルに3本も
                    汲みたてのお水をお土産にもらった。

                    帰り道、思いがけず迷い込んだ森の中には
                    幼い頃の夏休みの記憶が あちこちに漂っていた

                    こんなところに?
                    と、意外なほどひっそりとした場所に
                    立派なお寺を発見して立ち寄る。


                    深い緑と差し込む淡い光の
                    幾層にも重なった天蓋に 静かにあふれるセミの声
                    なつかしい風景
                    地元の人たちの落ち着いた優しさ

                    切り取られたような時間の流れの中で
                    私の意識は半分だけ体を抜け出して
                    光あふれる時間の狭間で
                    感謝と祈りを捧げていた

                    あんまり気持ちよかったので
                    こしを下ろしていた売店横のベンチに
                    ウエストポーチを忘れてしまった。

                    今月の全財産と
                    手帳と
                    携帯と
                    家の鍵と・・

                    思いつくかぎりすべての大事なものたちが入った
                    パンパンのかばんを
                    きもちよーく その場所に
                    おいてきてしまったのです


                    あはは。


                    ずいぶんと山を降りてきて
                    厚木近くのミニストップで
                    『ソフトクリームを食べよう!』と車を止めるまでは、

                    まったく気付かなかったのがおかしい。

                    ちょっとだけ慌てたふりをして
                    (運転手さんごめんなさい!)
                    いま来た山道を30分くらいかけて後戻り。

                    閉まる直前の参門に滑り込みセーフ
                    売店のおばちゃんが 
                    丸々と太ったかばんを持ってきてくださった。

                    ありがとうございます


                    是非また来たい!
                    と、強く願いすぎたのが
                    あまりにも早く叶ってしまったのがおかしい



                    こんどはまた
                    秋にも訪れたいなあ
                    | つれづれ日記 | 16:10 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                    いつまでも子供はこども
                    0
                      実家山口に
                      短い帰省をしてきました☆



                      田舎の空は青く澄んでいて
                      くっきりとダイナミックな形の空模様が印象的でした。



                      兄夫婦も合流して
                      2人の小さなかわいい甥っ子姪っ子たちと
                      過ごした時間もとっても幸せでした♪



                      私は兄夫婦が大好きです



                      厳しくも優しい兄のことを尊敬しているし
                      お義姉さんの子供さばきも絶妙で、
                      ほんとうに憧れです



                      こどもたちは、日々日々
                      たくさんのことを吸収しながら
                      すくすく育っていくんだなあ、と
                      とっても眩しかったです。


                      色んな栄養を、
                      両親から
                      世界から
                      たくさん与えられて
                      伸び伸びと、大きな翼を持って
                      育ってほしいなあと


                      彼らを見ながら、私の中に
                      祈るような思いが芽生えていました。



                      その一方で


                      きっと、私自身も
                      同じように
                      たくさんの愛情を注いでもらって
                      今があるんだなあ。。


                      そう思ったら

                      その圧倒的事実に
                      目眩がしそうになりました




                      純粋な”“両親の”“愛情

                      子供はそれに懸命に応えようとするだろう

                      その子なりの表現で



                      長く、平坦ではない道のりが
                      待っていようとも。。。






                      私には 不思議なほど
                      子供の頃の鮮明な記憶というものが
                      そんなにたくさんありません。

                      いくつか残っている断片的な思い出たちも
                      なんだかとても“ぬるい”感じで

                      自分自身の記憶というより、
                      別の人の人生を知っている、といった鈍い感覚なのです。


                      違和感や、不自由さを含めて
                      自分の感情や感覚の記憶を
                      はっきりと覚えておけるほど
                      自己がはっきりと確立されていない時期が長かったのかもしれない



                      実家で暮らしていた頃の私は
                      だいぶ大きくなってからも
                      どちらかといえば
                      かなり従順で聞き分けの良い子だったので

                      あまり両親との対立もなく
                      無茶を言って困らせた記憶も
                      ほとんどなく


                      自分の欲求が
                      本当に自分の中から沸いてくるものでなくても
                      人の要求や、期待に応えようとすることが
                      自分の欲求とほぼ等しいと
                      疑わなかった日々だった気がします



                      まじめにやった分、
                      ちゃんと評価もされて


                      両親はいつだって
                      『味方』であり
                      『理解者』であった。




                      なのにいつも、どこか息苦しかった

                      周りにはたくさんあるはずの 酸素はとても薄くて
                      息をしてもしても 楽にならない

                      みたいな。



                      高校生の終わりごろ
                      いま思えば“プチ鬱”に苦しんでいたけれど
                      それさえも
                      「きちんと」「まじめに」乗り越えた。




                      あの頃の
                      行き場のない苦しさには

                      もう、もどれないなあ
                      と思う。



                      どんなにいま

                      『あなたは30にもなって○○もできないの』
                      『そんなんじゃダメよ』

                      と、色んな角度から不満をぶつけられても。

                      私はいま、やっと
                      自分の人生を生きている、と思える。


                      毎日生きていることが
                      本当に感謝に満ちている。



                      そのキラキラが、
                      どうか伝わりますように
                      と祈るように
                      子供としては 奮闘中だけど、


                      親孝行ってなかなか 
                      むずかしいものだな




                      親の与える“純粋な愛情”に
                      押しつぶされない強さと “強運”を

                      すべての 永遠の子供たちへ


                      | つれづれ日記 | 12:55 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |